2011年08月24日

私の自覚が時代を変える」そんな時代を私たちは迎えている

「私の自覚が時代を変える」そんな時代を私たちは迎えている
『「社会を変える」お金の使い方 投票としての寄付 投資としての寄付』著者の駒崎弘樹氏に聞く
芹沢 一也  【プロフィール】 バックナンバー
2011年8月11日(木)
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『社会を変えるお金の使い方 投票としての寄付 投資としての寄付』(英治出版)――そもそも「社会起業」とはなんでしょうか?

駒崎:社会的な課題を、ビジネスの手法で解決する行為を「社会起業」といいます。私たちの会社「フローレンス」は、子どもが病気になったとき、保育園に代わってお預かりする「病児保育」を行なっています。働く親御さんが抱える、子どもの病気と勤務という二律背反の課題を解決しているわけです。

――いわゆるNPOとはどこが違うのでしょうか?

駒崎:NPOは「Not-for-Profit Organization」。利益の最大化ではなく、社会的課題の解決そのものを最大の目標とする団体ですね。このため、運営資金は国の補助金や民間からの寄付に頼りがちで、自立できないところが多い。とくに日本の場合は「ボランティアの集団=NPO団体」とみなされる傾向が強い。善意「のみ」で動く組織とみられがちなために、かえって継続的かつパワフルに社会的な課題を解決する存在にはなり得ていませんでした。

――課題解決を依頼する側が、「お金を払わなくていい組織」と思いこんでしまうから、続けていくのが難しい。


稼がなければ支援は続けられない


駒崎弘樹(こまざき・ひろき)
1979年生まれ。99年慶應義塾大学総合政策学部入学。在学中に学生ITベンチャー経営者として、様々な技術を事業化。卒業後、フローレンスをスタート。日本初の「共済型・非施設型」の病児保育サービスとして展開。2006年人間力大賞グランプリ「内閣総理大臣奨励賞」受賞、07年Newsweek「世界を変える100人の社会起業家」選出。10年12月より内閣府「新しい公共」専門調査会推進委員に、2011年2月より内閣官房「社会保障改革に関する集中検討会議」委員に任命。10年9月、一児の父に。(写真:大槻純一)駒崎:そこで欧米から社会起業という考え方が出てきました。NPOといえども経済的に自立をし、財政的に持続可能な事業によって社会を変革していくのだ、と。この潮流のなかで、私も国が再配分の中心となってセーフティーネットをすべて構築するのには限界があると考え、代りにビジネスの手法を活用して、包摂力のある大きな社会をつくることを目指しています。

――「補助金や規制が、社会保障分野の収益化を阻んでいる」という批判がありますよね。

駒崎:もちろん補助金がまったくの悪だとはいいません。医療保険や介護保険による再配分は必要ですし、社会のセーフティーネットは構築しなければなりません。ただ他方で、行政がプロセスを事細かに縛ることで、病児保育サービスのように行政からのサービスそのものが殆ど成り立たなかったりするのも事実です。

 また規制についてですが、たとえば私が携わっている保育ですと、社会福祉法人しか保育園をつくれません。NPOや株式会社は蚊帳の外なのです。この規制はたんなる業界保護で、合理的な理由がまったくありません。当然、撤廃するべきだと思います。社会保障分野には、こうした非合理的な規制がそこかしこにあります。

――保育園の参入規制はだれが、どのようなロジックで支持しているのですか?


駒崎:保育園経営者の方々です。理由は参入規制を緩和すると利益が減るからなのですが、もちろん表立ってはそんなことはいえませんので、建前として保育の質が下がると主張しています。「子どもが犠牲者になるので許されない」と。では、なぜ保育の質が下がるのかといえば、それは「会社というのは利益追求集団なので、人件費を減らして非正規雇用を増やし、現場を荒廃させることによって利益を生み出すから」、というわけですね。

――どのような反論をなさっていますか?

駒崎:テクニカルに論破していきます。たとえば「質が下がる」という話でしたら、「ではモニタリングすればいいだけじゃないですか」、と。じつはいま、保育園の質のモニタリングは一切行われていません。最初に参入するときに、たくさんの書類で障壁をつくっているのですが、そのあとは何のチェックもされていないんです。

 ですので、「話が逆ですよね、最初のハードルは下げて、保育園をはじめたあとに保育の質のチェックをした方が合理的で、子供のためになりませんか」、と。このように、ビジネスに対してなされるイメージ先行の批判に対して、トピックごとに具体的に矛盾点を突くようにしています。

――他方、社会問題をビジネスで解決しようとすると、ボランティアとも軋轢が生まれませんか?

駒崎:最初のころはとても多かったですよ。「何が社会起業家だ、NPOを食い物にしている、NPOの皮をかぶった営利主義者だろう」と見られていましたし、逆にビジネスサイドの人からは、「社会起業家なんてぬるいことをいってないで、どんどん稼げよ」という批判もされました。


はっきりと破綻していないから、意識が変わらない

――NPO業界でも、またビジネスの業界でも、無理解にさらされたわけですね。ところで、そもそも、社会問題とビジネスを結びつけることに、日本ではことさら拒否反応が強い印象があります。

駒崎:それは日本がまだ、はっきりと破綻してないからかもしれませんね。

 以前、米国に留学していたとき、スラムから学校にくる級友がいました。彼はペン1本すら自分のものを持てず、いつも私に借りていた。米国にはこのように、「行政サービスが届いていない」と、見たらすぐ分かる人たちがいる。だから、「誰かが彼らを支えなければならない。そしてサポートを続けていくには、何らかのかたちで収益をあげなければ不可能だ」ということがはっきりしていました。

 日本でも、7人に1人の子どもが相対的貧困ライン以下だとはいわれています。しかし、米国で経験したような、そこまでひどい、目に見えて貧困という状態がそこかしこにあるような状況ではありません。ですので「何かあったら行政にいえば何とかしてくれるだろう」という期待値がまだ下がりきっていない。

 たとえば、反貧困ネットワークの湯浅誠さんなどは、国を動かして社会保障の欠落を埋めていこうという方向です。そうした立場を立派だなと思う半面、増税しても賄えなくなったらどうしていけばいいのかという危機感を、私は持っています。

――少子化、高齢化の同時進行ですね。

駒崎:日本は少子化によって労働人口が減り、2050年には4人に1人は高齢者、という超高齢社会に突入します。当然、社会保障費はうなぎ昇りになるけれど、税金を払ってくれる人はどんどん減っていく。そうしたなかで、目の前のさまざまに困っている人たちを助けるためには、行政に頼る以外の方法論が必ず必要になってきます。そこを私たちは社会起業家として率先して担いたい。

――おっしゃるとおり、日本は「お上」に任せようという意識が強い。その国で社会起業が広がる可能性はありますか?

駒崎:私は3.11によって、可能性が広がったと考えています。今次の災害・事故で、「政府が世の中の隅々まで手当てすることなんてできないんだ」と、誰しもが痛感したと思うんですね。そうしたなかで、まず災害支援NGOが災害地域に入った。企業や小さな団体がどんどん炊き出しに行った。

 また、今回たとえばグーグルが「Google Person Finder」というサイトをいち早く立てましたね。消息情報を提供・検索できるサービスですが、本来であれば行政がやるべきことです。それを単なる一企業がやった。鳩山内閣のときに「新しい公共」という理念が提唱され、企業もNPOもみんなで公共を支えるのだとされましたが、いまひとつぴんと来なかった。しかし、民衆・私企業が持つ力と政府の限界が、今回、本当に分かりやすいかたちで、さまざまに提示されたのではないでしょうか。


米国を凌ぐ手厚い寄付支援税制がスタート

駒崎:さらに先日、新寄付税制が成立しました。税額控除50%という、手厚いと言われた米国以上に寄付を支援する税制を、我々は手に入れることができたのです。この法案には鳩山政権のときに私もかかわったのですが、ようやく大きな岩が動いたという思いです。

 この制度はとても革新的で、「あそこが日本の社会参加意識が変わるターニングポイントだった」と、何十年後に振り返られるものとなるはずです。あとは国がどうこうではなくて、われわれが寄付を集めて、実績をつくって拡大していくのみです。

――社会参加のためには、会社中心の日本人の生活も変わる必要があります。駒崎さんは、「ワークライフバランス(WLB)」のコンサルティングもなさっていますね。

駒崎:WLBというと日本では、「女性のもの」「子育て支援」という文脈で語られることが多いですよね。少子高齢化に悩む政府が少子化対策のために「輸入」したためです。しかし欧米ではもともと、産業構造の変化から生まれたものなんです
駒崎:ものづくり中心の工業経済下で必要だった「長時間働き続けてくれる工員」から、知識経済下で必要な「付加価値を発想してくれるできる人」に、企業の労働者に対するニーズが移っていきました。付加価値を生み出すためには、勉強したり、社外の人とコミュニケーションを取らなくてはいけなくなりました。

――そこで稼いでくれる人をどう育てればいいだろう、と企業は考えますね。


「将来も稼ぐ」ために、WLBは生まれた

駒崎:そう。経済のルールが変わるなかで出てきたのがWLBという概念です。別に、会社が社員の人生に配慮して生まれた考え方ではなく、ビジネス上の要求なのです。

 「たくさんのものをより安く」という商売では、中国や韓国には勝てません。われわれでしかつくれないような知的付加価値を持たせた製品、サービスを提供していかなければいけない。そうすると、深夜まで職場にいることを誇りにするような熱血労働者ではなく、付加価値を付けられる労働者が求められるようになる。

 そこでの一番のポイントは長時間労働の是正です。短い時間のなかで従来と同じ、あるいはそれ以上のアウトプットを出し、残った可処分時間を自らの付加価値向上に投資する。そんなサイクルをつくれる人こそ、これから求められる社員、ということになると思います。

 WLBはビジネスにとどまらず、ポスト3.11の日本社会において大変重要な概念になるはずです。これまで日本の市民社会はぜい弱だといわれてきましたが、それは30代、40代の働き盛りの男性が、市民社会に一切タッチしてこなかったからです。しかし、可処分時間を手に入れたビジネスパーソンたちがパブリックな事柄に参加しはじめれば、市民社会の厚みが増していくでしょう。3.11はいろいろな意味で日本の転換点になるのではないかと思います。

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清貧?いやいや、バブル真っ只中 月給3万円でもiPhone、iPad、トヨタのプラド!

清貧?いやいや、バブル真っ只中
月給3万円でもiPhone、iPad、トヨタのプラド!
御手洗 瑞子  【プロフィール】 バックナンバー
2011年8月11日(木)
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 ブータンはGDP(国内総生産)ではなくGNH(国民総幸福量)の最大化をビジョンに掲げる国です。

 経済的に豊かになるばかりが幸せではない。国は経済発展だけではなく総合的に国民の幸せを上げていくことを目指すべきだ――。ブータンは、そんな信念の下、政治をしている国です。

 この話だけを聞くと、きっと多くの方は、「ブータンの人は、貧しくてもつつましく幸せに生きている」、そんな、清貧と言えるブータン人の暮らしを想像するのではないでしょうか。

 私も、そうでした。ブータンに来る前、私はブータンについてこんなことを聞いていました。
「ブータンには信号が1つしかない。それも、首都にある、手旗信号だ」 
そんなことから、私は、のどかで、車もほとんど通らない田舎の風景を想像していました。


タイよりずっといい車が走ってる

 約1年前、ブータンに来て首都に入った時、その光景が自分の想像していたものと大きく異なり驚きました。確かに、信号は町の中心にある手旗信号1つなのですが、車はたくさん走っています。それも、ぼろぼろの中古の小型車などではなく、ピカピカの車が、たくさん。


ブータン唯一の信号は手旗式。その横を走り抜けるトヨタ車
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郵便局の駐車場
画像のクリックで拡大表示 最も多く見られるのはスズキですが、韓国・ヒュンダイのサンタフェと、トヨタ自動車のプラドも多く走っています。ランドクルーザーやハイラックスも見ます。どれも、数百万円はする車です。しかも皆ピカピカで、おそらく新車で購入し、その後もよく手入れしているのだろうということが分かります。車だけ見ると、まるで先進国です。

 先日、日本から研究の仕事でいらした大学の先生が、こんなことを言われました。

 「いやー、びっくりしました。私もだいぶアジアの国を訪れていますが、走っている車のレベルが、ブータンはどこよりも高い気がします。アジアの中でも比較的発展しているタイでも、町中では中古の小型車が目立ったのに…。ブータンの方が、ずっといい車が走っていますね」

 本当に、その通りだと思います。

 走っている車だけ見ると先進国と大して変わらない経済水準に見えるブータンですが、この国の人々はそんなにお金を持っているのでしょうか。

 ブータンの人のお給料は、だいたい3層に分かれます。


1. 農家やレストランなどの従業員:月収6000〜2万円程度
2. ホワイトカラーや公務員など:月収2万〜4万円程度
3.一部のお金持ち(大手旅行会社、建設会社経営者など):月収数十万円
 そう、決して収入が多いわけではありません。ブータンの人のお給料は、職業によって格差がありますが、総じてだいたい日本の10分の1、という感覚だと思います。

 でも、首都ティンプーで人の暮らしぶりを見ていると、とてもそうは見えません。高そうな車がたくさん走っていますし、友人の家に遊びに行くと大きな薄型テレビがあったりします。

 もちろん、これが国中で起こっているというわけではありません。ブータンでは都市部への人口集中が起こっており、都市と農村の格差は広がりつつあります。ブータンの地方では、まだ電気がきていない村もありますし、住民の多くは農業で生計を立てており、伝統建築の家と畑が広がります。初めて地方に出張した時には「ラストサムライみたいな風景だなぁ」と思ったのを覚えています。

 一方、首都ティンプーでは、日本で働いていても高価だと感じられる車がたくさん走っている。お給料は、日本の10分の1であるにもかかわらず。それは、少し不思議な光景です。


iPad買おうと思うのだけど、どう思う?

 車だけではありません。ブータンの首都ティンプーで暮らしていると、「本当にここは途上国なのだろうか」と思わされることがよくあります。

 例えばiPhone。実はティンプーでiPhoneはそんなに珍しくありません。旅行会社の経営者など、ある程度お金を持っている人はもちろんですが、給料が2万円代の20代の公務員などもiPhoneを持っています。それ以外にも、ブランドものの服、化粧品など、日本で暮らしていても「なかなか値が張るなぁ」と思う物を、ブータンの人は持っていたりします。

 ブータンの人たちはどのような気持ちで、こうした高価な買い物をしているのでしょうか。

 ランチ時、新品のiPhone4を買ったと得意満面に自慢してきた20代の公務員の友人に、「なぜiPhoneを買ったの」と聞くと、彼女は「ん? だって便利じゃない。こんなにアプリ使えるんだよ、すごくない?」と当然のように答えました。まぁ、確かに便利ですが…。自分のお給料の何カ月分にも相当するような高価な物ですから、彼女のノリは何だかずいぶん軽い気がしてしまいます。


首都ティンプーにあるパソコンショップ
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 先日、職場の上司が帰りに車で家まで送ってくれると言うので、一緒に帰るために彼の帰り支度を待っていた時のことでした。彼のオフィスは、ゾンと呼ばれるお城の中にあります。仕事の時は、民族衣装であるゴに身を包み、高官の証である剣を腰から下げています。21世紀とは思えない出で立ちです。そんな上司が、ゾンの仕事場で、机の上に置いてあったVAIOのラップトップパソコンをかばんにしまいながら、楽しそうに言いました。


その状況で買うんだ…

上司:「今度さ、iPad買おうかと思うんだけど、たまこ、どう思う」
 私:「え? あ、iPadですか…」
上司:「うん。よくない?」
 私:「はぁ…。いいと思いますけど…。でも、そんなにいいVAIOを持ってらっしゃるじゃないですか。ケータイも、ノキアのスマートフォンですし」

上司:「…なんか、反応が渋いじゃない」
 私:「え、いや、そういうわけではないのですが…」

上司:「でも、iPad、いいと思わない? ラップトップよりずっと薄くて軽いし。何より、起動に時間がかからないし。ネットとメールだけするなら、絶対便利だよね! ラップトップはオフィスに置いておいて、基本的にiPadを持ち歩くようにしようかなーと思って」

 彼は既に、ラップトップも持っているし、スマートフォンも持っています。なにより彼のお給料はたぶん5万円程度ですし、お子さんも2人います。「その状況で買うんだ…」と内心思いつつ、楽しそうにiPadについて語る上司を前に、私は「は、はい…」と相変わらず気の利かない相槌しか打てませんでした。


「分相応」ではなく「高くてもいいものを」

 そんなブータンの人たちの買い物の仕方を見ていて気がつくことがあります。1つは、「安かろう悪かろう」よりも、「高くてもいい物」を買おうとすること。そしてもう1つは、何かを買う時に、あまり収入を基に予算を考えないということです。


大通りにずらりと並んでいる車
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 ブータンの人たちは、何か欲しい物がある時に、それが本当にいい物かどうか、よく調べ、考えているように思います。一方で、あまり「お買い得か」とか「お手頃価格か」ということは重視しません。

 例えば、友人がパソコンを買おうとしていた時。彼女は、価格比較ではなく、純粋にスペック比較をしていました。価格を基点に考えれば、ネットブックなども候補に上がるでしょう。もし、ネットブックを排除して考えても、価格も考慮していれば、台湾のメーカーのものなど、比較的手ごろな価格のブランドも候補に入ってくると思うのですが、彼女はあまりそうしたことは考えないようです。

 そして、「たまこ、パナソニックのレッツノートがいいかなと思うのだけど、どう思う?」と聞いてきました。私はパソコンについては詳しくありませんが、それはいいパソコンと聞くけれど、でも彼女にとって高くないのだろうか…、と感じてしまいました。


海外ブランドの化粧品を買ってきて

 また、こんなことがありました。以前、私が海外出張に行く時、同僚の女の子から海外ブランドの化粧品を買ってきてほしいと頼まれました。彼女から受け取った買い物メモを見ると、あるヨーロッパの有名ブランドのアイライナーとアイブローが書かれており、2つで1万円程度でした。ちなみに、彼女のお給料は月約2万円です。

 メモを渡した彼女は、このブランドがいかにいいか、私に詳しく説明してくれました。「本当にこのブランドのアイライナーはいいのよ!使い心地がすごく滑らかで。持ちもいいし。それに色も…」と止まりません。「まずこのブランドの物を買っておけば、間違いないんだから!」と。

 確かに、このブランドがいいことはよく分かった。でも、自分の収入に対しては高すぎる、などとは考えないのだろうか…、と思ってしまいます。

 ただ、こうした彼女たちの「高くてもいいものを」「いいブランドのものを」「いい評判のものを」という志向は、分からなくもありません。

 ブータンでは、パソコンを買えるようになったのも、海外の化粧品を買えるようになったのも、ごくごく最近の話です。それどころか、貨幣経済が本格的に動き出したのも最近のことだと言えます。


突然、様々なモノが目の前に広がった

 これまで例に挙げた友人たちは20〜30代ですが、彼女たちの親の世代は、だいたい地方で農家を営んでおり、ほとんど現物経済の中で暮らしてきました。食糧は自給自足し、家屋は村のみんなで協力して建て、キラなど民族衣装の布地に対しては食糧や労働で対価を払う。親世代までそうやって暮らしてきました。


今年7月にできたアパレルショップ。PUMAとLeeを取り扱っている
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 それが突然、彼女たちの世代は、インターネットやテレビを通じて海外の情報が入ってくるようになりました。そして、車や携帯電話やパソコンといった現物経済の中では手に入らない製品も、今や身近なものになりました。

 突然、様々なモノが選択肢として目の前に広がった。お金でモノを買うという行為をするようになった。知らないモノがたくさんある。でも買い物で失敗はしたくない。そう考えた時に、彼らがモノの価値をはかるモノサシが、ブランドであったり評判であったり、時には価格そのもの(高い物はいい物だろうという想定)になってしまい、それにすがるのは、ある程度仕方がなく、自然な流れかもしれないとも感じます。

 ただその時に、自分の収入をもとに予算を考えるような、「分相応」の考え方があまりないことには、リスクを感じます。分相応の予算の概念なくして、「高くていいものを」求めれば、当然、自分の収入を超えてどんどん高くていいものを買って行ってしまうことになるからです。

 そしてその傾向は、ローンなど、お金を借りる手段によって、加速されるように思います。


お金はどこから出てくるのか

 さて、これだけ収入を超えた支出があるという話になると、そもそも、そのお金はどこから出てくるのだろう、という疑問を持ちます。

 友人たちにも聞いてみました。

 「留学していた時にアルバイトして貯めた」「親が不動産を持っているのでその不動産収入を分けてもらっている」「(政府官僚は)海外出張すると出張手当が高いから安いホテルに泊まって手当を貯めた」など、いろいろなケースが出てきました。

 でも圧倒的に多いのは、銀行からのローンでした。特に、車など単価の高いものについては、ほとんどが銀行ローンです。

 私の友人たちの多くも、車を買うために7〜10年程度のローンを組み、その支払いに毎月、給料の半分ほどを充てています。首都といっても小さな町で、彼らの多くは職場から徒歩20分圏内に住んでいることを考えると、分不相応とも言える高い買い物ではないかと思うのです。それでも少なからぬ友人がそうしたローンを組んでいます。


時々渋滞するようになった大通り
画像のクリックで拡大表示 過去1年、首都ティンプーでは目に見えて車が増えています。私の職場から家までは約4キロメートルあり、帰りは職場の車で送ってもらっています。1年前は職場から家までは10分ぐらいの道のりでしたが、今では車が増えたことで渋滞が増え、約30分かかることもあります(駐車スペースが十分に確保されておらず、路上駐車が多いのも原因です)。

 また、住宅ローンという形で、市民に多額の貸付が行われています。2010年、ブータン国内で住宅部門への貸付総額は約383億円でした。GDPが約1100億円、政府の歳入が約370億円(2009年)の国にとって、それは大変な額です(資料:クンセル新聞、政府統計、為替は1ヌルタム=1.8円で換算) 

 個人への貸付がこれだけ拡大したのは、ここ2〜3年のことだと聞きます。そして人々は、車などなら7〜10年、住宅であれば20年を超えるローンを組んでいる。まだ今はそこまで顕在化してきていないけれど、近々、ローンを払えなくなる人がどんどん出てくるのではないか…。そうした時、銀行は、貸し倒れしないのだろうか…。

 不安が募ります。


IMFの勧告、楽観的なブータン関係者

 何度か、次官クラスの政府の高官と話している時に、この話をしてみました。

 「私の周りを見ても、みんな収入を超えてお金を使っているように見える。月収が2〜3万円の人が100万円以上の車を持っているのが当たり前。ローンの支払いに計画性があるようにも見えないし、欲しいものは買ってしまう。人々の消費行動は、『足るを知る』からずいぶん離れてきているんじゃないだろうか。そんな状態で、こんなにお金を貸して大丈夫だろうか」

 すると、彼らは笑いながら、口をそろえて言います。

 「大丈夫だよ、きっとみんな、ちゃんと考えてお金を使っているだろう。ローンだって考えて組んでいるさ」

 何とものんきな反応です(こういうところは、とてもブータン人らしいです・笑)。でも、心配しているのは私だけではないようでした。

5日、ブータンの国内新聞であるクンセル新聞に、「IMF(国際通貨基金)との見解不一致」という見出しで、このような記事が掲載されました。

 ブータンの銀行関係者およびエコノミストは、IMFが最近実施したアセスメントの結果に同意しかねるという態度を表明している。IMFのアセスメントでは、経済の過熱を防ぎインフレの進行を抑制するため、金利を上げるように勧告している。
 この記事によると、IMFは、ブータンの経済は過熱気味であり急激なインフレを防ぐためにも金利を上げ、マネーサプライもコントロールするように、と勧告しています。

 一方ブータンの銀行関係者、エコノミストは、ブータンのインフレは輸入品の価格上昇により引き起こされており需要側の問題ではない、このため金利を上げることに意味はない、と反論しています。また金融の引き締めはブータンの経済発展の妨げにもなる、と。

 月収2〜3万円でありながら、車もiPhoneも持つ同僚。高級な海外ブランドのメークセットを買う友人。iPadの購入を考える上司。日に日に増える車。街のそこかしこで工事をしている建設ラッシュ。

 そのバブルのような光景は、とても「輸入品価格が上がっているためのインフレ」では説明できないように思うのですが、そこは根がお気楽で、自信もたっぷりなブータン人。

 IMFの勧告を受けても、そこはにっこりとして、のんきに言います。
「いや、大丈夫でしょ」

…本当でしょうか。

 GDPではなくGNHをビジョンに掲げるブータンで、どうしてこのようなことが起こっているのでしょうか。

 ブータンの人は、変わってしまったのでしょうか。

 なぜ、「足るを知る」ではなく、こんなに物欲が大きくなってしまっているのでしょうか。

 なぜ、「身の丈」で暮らさず、安易にローンを組んでしまうのでしょうか。


ブータンの人が変わったのではない?

 ブータンに来てから、このブータンのバブルのような様子を見てとても驚き、そして不安を抱きました。このままでは、近いうちに破産が相次ぐかもしれません。「外部の経済に触れて、ブータンの人は変わってしまったのかなぁ」と、寂しくも思いました。

 そこで、ここ1年ずっと興味深くブータンの人々の行動を見ていたのですが、気が付いたことがあります。それは、もしかしたらこのブータンのバブルは、ブータンの人々が「変わってしまった」から起こっているのではなく、むしろブータンの人たちの歴史的・文化的な特性によって引き起こされ、加速されているのかもしれないということ。そして、それはブータンの人たちの「生き方」に根ざしたものであること
posted by みょうみょう at 10:17| Comment(0) | 労働 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

勝手にカネが入ってきちゃう!

勝手にカネが入ってきちゃう!
拡大編:要するに「工場長」ですな
沖 有人  【プロフィール】 バックナンバー
2011年8月22日(月)
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 前回、私が独立して、どのように市場(島)を発見したかを紹介した。

 ただ、創業者はだいたい、ここで満足してしまう。「やった!宝の島を見つけた」と。

 まあ、はっきり言えば甘いんですね。確かに、島には輝く鉱石や豊かな動植物があったかもしれない。だが、その豊富な資源をきちんと収穫する(カネに変える)仕組みを早急に作らなければならない。でなければ、誰かを連れてきて、一緒に収穫作業をすることになる。だが、1人が収穫できる量は決まっている。それが飛躍的に高まることはない。

 私が不動産において、一般消費者や買い手に対して「本当の物件情報」を提供しながらコンサルティングする事業を開始したのは、まだ、この「発見段階」にすぎなかった。そのまま1人で続けても、誰かを巻き込んでみんなで収穫しても、私の取り分(儲け)はそんなに変わらないのだ。

 とりわけコンサルティング業界は、投下する労働量がそのまま売上高を左右する。つまり、「売上高=時間単価×労働時間」としてクライアントに請求するからだ。基本的に、売上高を膨らませても、それだけ人件費がかかるので(しかも高い)、利益率はほとんど変化しないのだ。

 1人のコンサルタントが売り上げる限界は、「時間単価4万円×2500時間労働=1億円」。もし時間単価をこれ以上高く設定すると、顧客が逃げてしまう。まあ、限界値だと考えていいだろう。実際、年収1000万円のコンサルタントは、年間売上高として2.5倍程度の2500万円を上げられればいい方である。多くのコンサルタントは、自分の力だけではそんなに稼げない(要するにクライアントから指名されない)。コンサル会社としては、教育に力を注がないと、業務の質を担保できないが、だからといって教育ばかりに時間を割いていれば、クライアントに請求する「時間」が減ってしまう。

 つまり、収益のレバレッジが効かないビジネスなのだ。人数を増やして、売上高を膨らませるという経営になりがちだが、私はそうしたやり方に興味が持てなかった。

 だからといって、当時はまだ、ニッチ戦略について体系化して説明出来る状態ではなかった。要するに職人芸の域を出ていなかったのだ。だから、コンサル事業は「1人で拡大できる限界」という壁にぶち当たっていた。経営者として、事業を根底から再構築する必要があったのだ。

 そんな時、日経ビジネス(2002年7月22号)で『不動産大革命』という特集記事が組まれた。

賃料情報なら1番になれる」
 この中で12ページもの文量を割いているのが、「ここは買ってはいけない! これが新しい不動産格付けだ」だった。

(1) シミュレーションドラマ
(2) (格付けの)解説
(3) マンション購入安全度

 この3部構成になっている。実は、この企画に弊社がデータを提供している。そして、私は編集部に出向き、2時間くらいしゃべり続けた。その内容に、記者の取材を加えて編集されていた。

 (1)のドラマでは、物件が買った時よりも高く売れている事例として、東京・豊洲の私の友人のケースを使っている。(2)では「年間家賃収入÷分譲価格=利回り」を駅別に正確に計算し、不動産が収益還元で評価されることが今後一般化すると見て、利回りが高い場所(それこそ豊洲など)は、分子の家賃が安定しているだけに、分母の分譲価格が値上がりすると予測した。その考え方で(3)において、首都圏にある759の駅を「勝手格付け」したのである。

 「AAA」と評価されたトップの駅は水天宮前だった。理由は簡単で、都心に近く交通アクセスもいいので賃料は高いが、その割に隅田川沿いにある物件は分譲価格が安い。しかも、半蔵門線の始発駅(当時)だったこともあってプレミアムが付いていた。この当時の利回り差は、その後急速に縮まり、今ではほとんどの駅が同一水準の利回りに落ち着いている。つまり、利回りが高かったところは分譲価格が上がり、利回りが低かったところは値下がりしたということだ。この記事は、資産デフレの終焉を象徴するものだった。

 時は不動産投資の黎明期である。

 駅別利回りの構成要素は分譲価格と賃料であるが、前者はウェブで既に公表しており、賃料はこの記事を機にビジネスチャンスを創ることになる。賃料情報はその頃はまだビジネスにならなかった。うちがデータ購入していた仕入れ先は突然情報が届かなくなり、夜逃げのように消えて行った。

 しかし、ここはチャンスだと思った。数字を根拠に住宅市場が大きく変わろうとする時であり、JREITも勃興し、不動産投資信託の市場が出来始めていた。不動産の情報で最も重宝されるのが価格情報であるが、新築分譲マンション情報はA社、中古マンション情報はB社とトップ企業が決まっていたが、賃貸住宅情報を提供するプレイヤーはいなかった。まず、情報を大量におさえ、自分の強み(不動産市場理解×ウェブマーケティング×統計解析)を活かせば1番になれる、そう考えた。

コンサルを辞めて、工場長になる」
 まず、賃貸市場のプレイヤーにヒアリングしつつ、新商品の企画を立てていった。

 そこで私が重要視したのは、戦略の肝をIT(情報技術)で解決することだった。コンサルタントを大量生産するビジネスモデルではなく、ITを使ってデータを大量に収集し、ノウハウをシステムロジックに落とし込み、アウトプットの大量生産を可能にすることである。ノウハウが形式化されていれば、コンサルタントを養成しなくても、営業マンを採用すればいい。当時、私は友人にこう宣言した。

 「コンサルタントという聞こえのいい商売を辞めて、『工場長』になる」

 まず最初にやったのは、案件ごとの調査レポートを短時間で作成できるようにすることだった。案件調査は、立地周辺の情報を収集することから始まる。住民の年齢構成、人口動態、世帯の特徴、外国人需要、年収分布、エリア比較、駅力、賃料、分譲価格、空室率、物件特性、ポジショニング、マクロ環境などの項目で情報を取得した。首都圏に限定して、各種調査で使っていたすべてのデータをデータベースに格納して、自分の分析ノウハウをロジックに転換して、グラフや地図によって表示する機能を作っていった。そうして、自動レポート作成システムを構築したのだ。

 使い方は非常に簡単。物件の所在地を地図上でクリックするだけだった。すると、周辺の徒歩5分圏内の人口などのデータを集計するプログラムが動き出す。その場所と関連する情報をデータベースから抽出し、分析ロジックに従って計算していく。そうして、エクセルで40シートに分かれてファイル生成される。ここまでに必要な時間はわずか15分だった。

 だから、「この場所の分析レポートがほしい」という注文がメールで入ると、15分後にはエクセルファイルを添付して、調査結果を返信することができた。値段は30万円。通常1つのレポートを仕上げるのに1週間はかかる。何せ、情報収集に大半の時間が割かれるのだが、弊社では事前にすべて用意しているわけだ。これで、パソコン1台の時間最高売上高は30万円×60分÷15分=120万円となった。これは、私が稼ぐことができるコンサルタント料金4万円の30倍にも上る。

 コンサルタントのビジネスは限界的だが、「工場」となるとITがノウハウと時間にレバレッジをかけてくれる。「この方が圧倒的に儲かる」という確信を得た。

 案件調査レポートの自動作成が完成すると、まず顧客創造に乗り出した。
自動レポート作成でボロ儲け
 「こういうレポートがすぐに出せます」というサンプルを持って、メリットを説いて回った。数社の実務トップが「本当に短い納期でやってくれるんなら使うよ」と言ってくれた。一定量の受注が見込めれば、損益分岐点を超えられる。その後は、開発投資を続けて、新商品を次々と作ることができた。

 このビジネスは固定費がほとんどで、流動費は「補完的な実地調査」と「顧客リレーション」という不可欠なステップしかない。新たに営業して売り上げが上昇すれば、そのまま粗利になる。

 レポートは私のノウハウが詰まっているから、品質が高いという自信がある。その上に、スピードも早い。だから、人手をかけたら1週間かかる調査価格と、同じ価格を維持しても十分に勝てるのだ。こうしてガッポリ儲かったカネは、システム改良と新商品開発に注ぎ込んでいく。システム化で生まれた時間の余裕も、顧客に対するサービスレベルの向上に費やし、付加価値に変換していく。

 実際、この調査レポートの旨みは、量をこなせることだ。開発者と購入者の両方が買ってくれたり、入札案件になると5社以上が同じ調査リポートを買ってくれることもある。物件が50だろうが100だろうが、うちは涼しい顔をしてレポートを作成できる。レポートを読み込んだ後に、調査を補完するために現地確認に向かったので、不明な点を整理・確認することも効率的に行えた。

 この後、案件調査レポートの機能補完や拡張を通して、様々なサービスを開発していくことになる。レポートは依頼されてから社内の人間が対応するが、賃料を査定する機能は単価が安い割には利用回数が多いので、今でいうクラウドサービスにして全国どこからでも1分で査定結果が調べられるように作り込んだ。また、競合物件事例の調査も頻繁に依頼されるので、日本最大級の賃貸住宅データベースを作成して、見たい物件の履歴を出せる仕組みも用意した。こうして、多くの顧客の様々なニーズを解決していきながら、事業を拡大していった。

 しかし、そこにリーマンショックが襲ってきた。

 リーマンショックはサブプライムローン問題が発端となったことで、住宅投資に対する批判が噴出し、一気に逆風が吹き荒れた。住宅投資は悪であるかのように、金融機関から糾弾されることもあった。弊社もちょうど業務拡大に向けて設備投資を実施した年だったので、コスト構造にかなりの「贅肉」がついていた。何とか、営業利益はプラスを維持したが、取引先の倒産や支払遅延は続いた。私も営業最前線に立って、立て直しに走ることになった。

 だが、会社を救ったのは、こうした努力ではなく、ビジネスモデルだった。多くが固定費でサンクコストではあるが、流動費用は切り詰めることができる低コスト構造だった。また、年間契約が多く、一定の売り上げを確保していたので、収支を合わせることができた。リーマンショックから1年が経ち、物件の所有権移転による事後処理が始まると立ち直りも早かった。

 また、ターゲットを賃貸マンションの開発・売買・運用から、地主の土地有効活用のアパート経営に変更したことも功を奏した。収益不動産は急速に萎んだが、土地の有効活用ニーズは節税対策として継続していた。加えて、アパート市場の方が、弊社の商品がシステマチックなために、相性がいいことが分かった。1棟50戸のマンションより、1棟8戸のアパートの方が提案回数(=利用回数)は多く、スピードと品質を必要としていた。

 こうして、それまでの経営資源(データ)や仕組み(システム)はうまく転用できた。

>>次ページ世の中、ロジック通りにはいかないよ世の中、ロジック通りにはいかないよ
 ダウンサイドに強いことが分かったので、すっかり変貌した顧客層に合わせて、ビジネスを再構築していった。「強みの上に築け」とピーター・ドラッカーが言うように、エリアを全国に広げたり、機能を追加して、市場を拡大することができた。オンライン機能をバッチ処理化して市場を拡げたり、この機能を業務に組み込んで、定期的な業績評価指標を設定したり、収益最大化手法に転用していった。こうして他社と違うことをやってきたので、うちは「合い見積もり」と分かると、辞退することもある。品質の違いが分からない相手と仕事をするのは双方にとって不幸な場合が多いからだ。

 そんな中、数多くの失敗も経験した。不動産価格査定のクラウドサービスを派生商品として作って、他社が独占している10億円超の市場に乗り込んだが、全く歯が立たなかった。機能はほぼ同じなので、価格を安くすれば顧客はこちらになびくと考えたが、「スイッチングコスト」が思いのほか高かった。提供価格を下げたので、人を投入して営業コストが上がると赤字になる。そこで、ネットやDMを使って低コストの販促活動をやってみたが、営業マンが実物を見せないと安くても検討の遡上にも上らなかった。実務担当者は慣れているシステムの方が楽なので、ちょっと安いぐらいでは、システムを切り替えるインセンティブが働かなかった。

 ビジネスの可否は、やってみないと分からない。ロジカルシンキングの本やセミナーは、コンスタントな需要がある。今やビジネスパーソンの必須スキルと言ってもいいだろう。ただし、新規ビジネスでは、机上でのロジカルな思考結果は方便でしかなく、成否は別次元のところで決まってくる。現時点で、ロジカルに表現できるビジネスなら、必ずと言っていいほど誰かが手を出しているし、成功しない理由があることになる。知識を組み合わせた論理がビジネスの成功を保証しないからこそ、独創性や想像力が必要になってくる。結局、人真似はアイデンティティを持たない。絵画で言えば、ピカソやシャガール、ゴッホのようなもので、誰が観ても作者が分かるような特徴を持っていた方がビジネスチャンスがある。

 コンサルタントを辞めて工場長になる転身は成功した。業態は変わったものの、ニッチ戦略の基本は同じだった。

(1) 不動産にIT×分析を持ち込むところが自分たちの強みであり、これを堅持する
(2) 課題に対する解決法は、模範解答なんてないので、自分らしく解くしかない
(3) 価格とは違う軸(例:スピード・品質)で顧客に選ばれると価格競争から抜け出せる
(4) まずは顧客を創造して、再投資を繰り返し、圧倒的な差をつける
(5) アイデアが理想の世界に近ければ、そこに市場があるかを確認する

 このニッチ戦略も、主たる顧客層はすべて営業したので、市場規模の限界が見え始めてきた。ここでまた新たな展開の必要に迫られることになる
posted by みょうみょう at 10:14| Comment(0) | 労働 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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